恒松酒造本店

ごあいさつ

人吉・球磨を取り囲む緑に覆われた山々は、標高700メートル以上という峻嶮さをもち、その山々からは清冽な水がやむことなく流れつづけています。熊本県の南端に位置し中央を球磨川の激流が走り鎌倉時代初期から約800年間相良氏によって統治されたこの地は、九州の小京都と呼ばれ豊かな自然の恵みに包まれている神秘的な霧の里です。

歴史的にも人吉・球磨には、相良氏の居城であった人吉城跡があります。建久九年、この城は、相良長頼が源頼朝の命をうけて人吉に下り、平頼盛の代官矢瀬主馬助の拠った、人吉城を攻め取りました。その後、相良氏の居城として幕藩体制化を生きぬきましたが西南戦争で薩摩郡の陣地となり全てを失いました。

また、弊社がございます球磨郡多良木町は相良800年の歴史に彩られ、数多くの文化財に恵まれた、面積165.87平方キロメートル、人口約13000人の小さな街で、鶴が飛来していた地域でもあり鶴が羽を休める場所という意味を持つ鶴羽という地名がのこっています。

このような、大自然と悠久の歴史を持つ、球磨郡多良木町鶴羽に、創業大正6年の株式会社恒松酒造本店が在ります。「かなた」という銘柄は平成11年に、弊社恒松司孝と杜氏前田勝国が、一般的にお湯わりで飲む飲み方が主流の中で「キレと香りがよくロックで美味しく飲める、綺麗で美しい焼酎」を造りたいという思いと、「かなた」という言葉のひびきからゆったりとした時間と空間の広がりを連想し、遥かかなたに想いを馳せながら飲んで欲しいといった願いを込め、命名しました。

その「かなた」を醸すのが、昭和13年9月30日、焼酎の名産地、熊本県球磨郡多良木町に生まれた前田勝国杜氏です。前田杜氏は、昭和33年恒松酒造本店に入社し、杜氏見習いとして焼酎造りを始め、その後研鑚を重ね昭和43年に正式な杜氏となり現在に至ります。その間、球磨焼酎の鑑評会にて数々の賞を受賞しているベテラン杜氏ですが、いかに消費者の方に満足していただける焼酎を醸していくか、日々研究心を忘れず弊社の焼酎を磨きつづけています。

また、原料米には杜氏の前田勝国が厳選した良質米だけを使い、香り高さをもたらす麹及び酵母を使用し、一次仕込み・二次仕込みでの低温発酵、蒸留方法の改善、その他、清酒の吟醸酒で行われている様々な工夫を取り入れる事により、独特の清涼感のある香りを立たせスッキリとした味を実現しています。

さらに酒造としてのこだわりとして、焼酎造りの中で私共が一番神経を使うのが「水」です。焼酎の味を左右するのは「水」といっても大袈裟ではないと思います。純粋で癖のない地下水が焼酎造りには最適です。弊社は、水量の豊富な田園地帯の地下80メートルから汲み上げた地下水を使って焼酎造りに取り組んでいます。

これらの努力の結晶である「かなた」は、従来の焼酎(乙)とは全く違うタイプの焼酎です。本格焼酎の臭みを押さえ、吟醸香を立たせた独自の香りとまろやかなくちあたりを実現した、米ならではの味わいは、日本酒(清酒)の吟醸酒に極めて近い風味の商品です。「オン・ザ・ロック」に適した21度の度数には、21世紀においての希望も込められています。

さらに、球磨焼酎は,スコットランドの「スコッチウイスキー」 フランスの「ボルドー」と同じくその地域で造られたものだけに付けられる「産地指定」のブランドになりました。

これからも世界に認められたという誇りを忘れず、さらに美味しさと信頼を追求し続けていきます。

 

 

 

 


 

 

 

会社概要

屋号 株式会社 恒松酒造本店
住所 熊本県球磨郡多良木町多良木1022
連絡先 TEL0966(42)2381
FAX0966(42)6876
E-mail:konoka@cancer.interq.or.jp
沿革 大正6年初代  恒松 長太郎現在地にて創業
昭和32年9月  合資会社 恒松酒造本店設立
平成14年4月  株式会社 恒松酒造本店設立
会社概要 資本金     12.500千円
代表取締役   恒松 良孝
社員      16名
取引銀行    肥後銀行 多良木町支店
業務内容 本格焼酎 醸造・販売